伝道者の書1章~12章
今日は伝道者の書を読んだの~♪
伝道者の書は、なんだかすごく哲学的。
内容はソロモンさんの人生観みたいな感じなんだけど、なかなか奥が深くて面白かったー。
ソロモンは王様になって、邸宅を建てたり、畑や果樹園を造ったり、諸州の金や銀や宝を集め、多くの奴隷や妻を手に入れた。
「私は、私の目の欲するものは何でも拒まず、心のおもむくままに、あらゆる楽しみをした。実に私の心はどんな労苦をも喜んだ。これが、私のすべての労苦による私の受ける分であった。 (2:10)」とあるように、ソロモンはやりたい事をやりたいようにやっていたんだ。
でも、あとになってそれを振り返ったとき、ソロモンはそれをむなしいと言っているんだ。
どんな楽しみも、富も、労苦も、知恵も、知識も、全部むなしいものだと言ったんだ。
人間の人生は有限だから、どんなに富を蓄えても、どんなに働いても、それは生きている間にしか喜べない。
知恵をもって生きても、愚かに生きても、結局最後はみな同じように死んでいく。
人は知恵や知識を追い求め、新しいことを学んでいくように思える。
でも、それは既にあるものを追及しているにすぎない。
新しいものは何もないんだ。
だからこの世での快楽や知識を求めて努力していっても、それはむなしいことなんだ、ってソロモンは思ったんだね。
だけど、ソロモンは人生はむなしいから生きることには価値がない…とは思わなかったんだ。
「見よ。私がよいと見たこと、好ましいことは、神がその人に許されるいのちの日数の間、日の下で骨折るすべての労苦のうちに、しあわせを見つけて、食べたり飲んだりすることだ。これが人の受ける分なのだ。実に神はすべての人間に富と財宝を与え、これを楽しむことを許し、自分の受ける分を受け、自分の労苦を喜ぶようにされた。これこそが神の賜物である。こういう人は、自分の生涯のことをくよくよ思わない。神が彼の心を喜びで満たされるからだ。(5:18-20)」
自分が欲しいものをどんどん求めるのではなく、与えられた人生の中で幸せを見つける。
そうすることによって神様が人生をむなしいものから幸せなものへと変えてくれるんだ。
「神のなさることは、すべて時にかなって美しい。(3:11)」とあるように、神様の計画はすべてよいものだから、神様の御業を受け入れていくことが幸せなんだ。
自分で神様の計画を見極めたり、この世の理屈を探し求めたりしても、、それは不可能なこと。
人間の能力には限界があるから、限りのない心理を追い求めても、すべてを得ることはできない。
すべてを知りうるのは神様だけ。
そして、神様は私たちが幸せになれるように、必要なものを与えてくださっているんだ。
「結局のところ、もうすべてが聞かされていることだ。神を恐れよ。神の命令を守れ。これが人間にとってすべてである。神は、善であれ悪であれ、すべての隠れたことについて、すべてのわざをさばかれるからだ。(12:13‐14)」
むなしくない幸せな人生を送るには、神を恐れ、そして聖書の言葉を守って生きていくことが大切なんだね。
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