« 2008年3月 | トップページ | 2008年5月 »

2008年4月

2008年4月26日 (土)

雅歌1章~8章,イザヤ書1章~17章

すごく久しぶりの更新ー(●´▽`●)笑

なんか風邪をひいちゃって、しばらくダウンしてたー。

新学期早々、授業も休んじゃったし…(-_-;)

なんか春休みの終わりも風邪ひいてたし、最近体弱ってるのかなー?

でも今まで滅多に病気なんてしなかったのに。

読んだ箇所~↓↓

4月16日 雅歌1章~3章

4月17日 雅歌4章~8章

4月18日 イザヤ書1章~2章

4月19日 イザヤ書3章~4章

4月20日 イザヤ書5章~6章

4月21日 イザヤ書7章~10章

4月22日 イザヤ書11章~12章

4月23日 イザヤ書13章~14章

4月24日 イザヤ書15章

4月25日 イザヤ書16章

4月26日 イザヤ書17章

なんかイザヤ書に入ってからペースが遅いねー…(^^ゞ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年4月16日 (水)

伝道者の書1章~12章

今日は伝道者の書を読んだの~♪

伝道者の書は、なんだかすごく哲学的。

内容はソロモンさんの人生観みたいな感じなんだけど、なかなか奥が深くて面白かったー。

ソロモンは王様になって、邸宅を建てたり、畑や果樹園を造ったり、諸州の金や銀や宝を集め、多くの奴隷や妻を手に入れた。

「私は、私の目の欲するものは何でも拒まず、心のおもむくままに、あらゆる楽しみをした。実に私の心はどんな労苦をも喜んだ。これが、私のすべての労苦による私の受ける分であった。 (2:10)」とあるように、ソロモンはやりたい事をやりたいようにやっていたんだ。

でも、あとになってそれを振り返ったとき、ソロモンはそれをむなしいと言っているんだ。

どんな楽しみも、富も、労苦も、知恵も、知識も、全部むなしいものだと言ったんだ。


人間の人生は有限だから、どんなに富を蓄えても、どんなに働いても、それは生きている間にしか喜べない。

知恵をもって生きても、愚かに生きても、結局最後はみな同じように死んでいく。

人は知恵や知識を追い求め、新しいことを学んでいくように思える。

でも、それは既にあるものを追及しているにすぎない。

新しいものは何もないんだ。


だからこの世での快楽や知識を求めて努力していっても、それはむなしいことなんだ、ってソロモンは思ったんだね。



だけど、ソロモンは人生はむなしいから生きることには価値がない…とは思わなかったんだ。

「見よ。私がよいと見たこと、好ましいことは、神がその人に許されるいのちの日数の間、日の下で骨折るすべての労苦のうちに、しあわせを見つけて、食べたり飲んだりすることだ。これが人の受ける分なのだ。実に神はすべての人間に富と財宝を与え、これを楽しむことを許し、自分の受ける分を受け、自分の労苦を喜ぶようにされた。これこそが神の賜物である。こういう人は、自分の生涯のことをくよくよ思わない。神が彼の心を喜びで満たされるからだ。(5:18-20)」

自分が欲しいものをどんどん求めるのではなく、与えられた人生の中で幸せを見つける。

そうすることによって神様が人生をむなしいものから幸せなものへと変えてくれるんだ。

「神のなさることは、すべて時にかなって美しい。(3:11)」とあるように、神様の計画はすべてよいものだから、神様の御業を受け入れていくことが幸せなんだ。

自分で神様の計画を見極めたり、この世の理屈を探し求めたりしても、、それは不可能なこと。

人間の能力には限界があるから、限りのない心理を追い求めても、すべてを得ることはできない。


すべてを知りうるのは神様だけ。

そして、神様は私たちが幸せになれるように、必要なものを与えてくださっているんだ。

「結局のところ、もうすべてが聞かされていることだ。神を恐れよ。神の命令を守れ。これが人間にとってすべてである。神は、善であれ悪であれ、すべての隠れたことについて、すべてのわざをさばかれるからだ。(12:13‐14)」

むなしくない幸せな人生を送るには、神を恐れ、そして聖書の言葉を守って生きていくことが大切なんだね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年4月15日 (火)

箴言21章~31章

今日で箴言終わりっ!!

今日読んだところで残ったのは、「あからさまに責めるのは、ひそかに愛するのにまさる。(箴言27:5)」ってところ。

ひそかに愛するよりも責める方がいいってちょっとビックリ。

箴言のほかのところに「ねじれ者は争いを巻き起こし、陰口をたたく者は親しい友を離れさせる。(箴言16:28)」とか「たきぎがなければ火が消えるように、 陰口をたたく者がなければ争いはやむ。(箴言26:20)」とか、陰口について書かれているところがいくつかあるんだ。

本人の知らないところでその人の悪いことを言うのは良くないけど、本人に直接言うのはいいことなんだね。

陰で言うのは楽だし、陰口を楽しむ人もいる。でも、誰かを責めるということは難しくて嫌なことだと思う。

でも、悪いところを本人に直接言うことによって、言われた人は得られるものがあるんだよね。

それに陰での悪口ってホントかウソか分からないようなことまで言われそうだけど、直接言うならそんなことはないし、弁解もできる。

人をあからさまに責める…っていうか悪いところを指摘したりするのって勇気がいるから難しいと思う。

でも、せめて陰で悪口を言うようなことはしないようにしなくちゃ。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年4月13日 (日)

箴言18章~20章

「人はその口の結ぶ実によって腹を満たし、そのくちびるによる収穫に満たされる。 死と生は舌に支配される。どちらかを愛して、人はその実を食べる。(箴言18:20‐21)」

箴言の中には“言葉”とか“口”とかいう言葉がたくさん出てくる。

聖書の中で言葉っていうのはとても重要なものなの。

創世記でも、神様は言葉によって世界を創っているんだ。

人間は悪いことやばっかり口にしていると、心も悪くなっていってしまう。

それに、周りの人の心にも影響することがある。

それに嘘や悪口は、神さまから見て罪になる。

悔い改めずに罪を犯し続ける人は神様に救われることがない。

だから、「死と生は舌に支配される」なんだね。

悪口や嘘などの悪いことばっかり口にするんじゃなくて、感謝や祈り、そして悔い改めの言葉を口にするようにしていくことが、主にあって“生きる”ための方法なんだね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年4月12日 (土)

箴言13章~17章

「富んでいるように見せかけ、何も持たない者がいる。貧しいように見せかけ、多くの財産をもつ者がいる。(箴言13:7)」

箴言ってクリスチャンじゃなくても、同調できるようないい言葉がいっぱい書いてあるの!

この言葉も、宗教とか興味ない人でも納得できると思うんだ。

いくらお金をたくさん持っていても、それが幸せとは限らない。

むしろ、貧乏な人の方が心が豊かだったりするんだよね。

一見、外から見て幸せそうでも、本当に幸せかは本人たちにしかわからないんだ。

箴言の14:12と16:25に「人の目にはまっすぐに見える道がある。その道の終わりは死の道である。」って言葉があるんだ。2か所ともまったく同じことが書いてあるの。

2回も書いてあるってことは、とっても大事なことってことなんだよね。

出世したり、好きな人と結婚をして幸せに暮らす。そういう人生は「人の目にはまっすぐに見える道」だよね。

でも、それは本当に正しい道とは限らないんだ。

出世したりすることが悪いってわけじゃなくて、心の問題だと思うんだよね。

自分の幸せのために、嘘をついたり人を裏切ったり・・・そういうことってあると思う。

最終的に幸せを掴んで、人生で成功したように見えても、神様からみたらそういう人生はまっすぐなんかじゃない。

貧しくても信仰と知恵をもって正しく生きる。

そういうのが本当にまっすぐな道なんだろうなぁー(*´▽`*)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

がりゅーん。

2

最近、『逆転裁判』ってゲームにはまってます♪

昔、2と3をプレイして面白かったから、1から4までプレイしてみたのー♪

この前、4を買ってきてクリアしたんだけど面白かった~。

1~3と4は、主人公が違ったりして4の評判はあんまりよくないみたいなんだけど、結構面白かった♪

でも裁判員制度の下りはいらなかった気が…

そして!この前シリーズ最新作が発表に!!


逆転裁判:新作「逆転検事」発売へ エリート検事・御剣怜侍が主人公 http://mainichi.jp/enta/mantan/news/20080411mog00m200044000c.html

ってわけで、今度の逆転は検事が主人公!

……検事が主人公って有罪を勝ち取るゲームですか??

でも、このシリーズの検事は好きなキャラばっかだから、ちょっとうれしい♪

あ、でも4のキャラは出てくるのかな~?

4の検事さん、好きなのに…

出てくるといいな~。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年4月11日 (金)

箴言10章~12章

今日読んだところは正しい者と悪い者について書かれてたよ♪

正しい人は知恵とか思慮があり勤勉で、祝福される。

悪者は思慮がなく、偽りを言う。そして、最後には滅びてしまう。

そんな感じのことが書いてありましたー。

あと、「財産は激しい怒りの日には役に立たない。しかし正義は人を死から救い出す。(箴言11:4)」っていうのが印象に残ったの。

お金とか財産に限らず、地位とか名誉とか名声とか、人間的に価値があるようなものは天国には持って行けない。

それどころか天国に行く妨げにすらなりうる。

だから、いくらこの世でそういうものを蓄えても、最後には価値のないものになっちゃうんだ。

でも、正義を行い正しい道を進めば、その人は救われるんだ。

やっぱり「自分の利益のためには手段を選ばない!」って生き方よりも「正義を貫く!」みたいな生き方のほうが、結局は幸せになれるんだよねー。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年4月10日 (木)

中央線。

今日は2年生になって初めの授業日。

1限しかないけど、必修だし初めだしってことで遅刻しないように余裕をもって家を出たの。

それで、電車に乗って学校に向かったんだ。







中央線で。







……止まった!!!

ニュースにもなってたけど、変電所の火災が原因で電車が止まっちゃったよ~wobbly

しかも、ちょうど仔猫が乗ってた車両は踏切の真上で止まったから、外も大変そうだったsweat01

電気も空調も止まっちゃって、大変だったよー。

でも、 天気が悪かったからそんなに暑くならなかった♪

感謝だねhappy01

止まったのが8時ちょうどくらいだったんだけど、復旧の目途が立たないってアナウンスが入ったのが9時過ぎ。

それで1号車から順番に電車を降りて、線路を歩いて最寄り駅まで行くことになったんだけど、仔猫の車両が後ろのほうだったせいかなかなか動きがない…

結局電車から出られたのが10時過ぎだった…

2時間も電車の中に閉じ込められてたのね…weep

でも、線路を歩くという貴重な体験ができたからいっかhappy01

まぁ、電車から降りて最寄り駅に着いた時には授業終わってる時間だったんだけどねー…。

結局学校に行くのはあきらめて、お家に帰りました。

でも帰りも大変で、ひと駅分歩いてモノレールに乗って京王線に乗ってバスに乗って…って感じで家に着いたのは1時半だったのーsweat02

学校行って授業受けて帰ってくるよりも時間がかかっちゃったcoldsweats02

でも友達に聞いた話だと、今日の授業は大したことやってないみたいだし、偶然にもバイトもなかったから不幸中の幸いだよね!

バイト入ってたら絶対間に合わなかったもんね♪

Caepqjzf Caqopb9b

| | コメント (2) | トラックバック (0)

箴言1章~9章

今日から箴言!

箴言はソロモンさんが書いただけあって、知恵とかについてたくさん書いてある♪

「主を恐れることは知識の初めである。(箴言1:7)」ってあるように、知恵っていうのは神様に由来するものなんだよね。

主を恐れることが知識の初め、逆に言うと主を恐れない者は愚かってことかなー。

あと、「わたしを愛する者を、わたしは愛する。(箴言8:17)」って書いてあるんだけど、とっても素敵なことだよね。

人間だったら、自分が誰かを好きになっても、その人が自分のことを好きだとは限らない。

でも、神様は「わたしを愛する者を、わたしは愛する。」って言ってるの。

いい事をしたら愛するとか、出来のいい人を愛するとか、そんな条件なんてなんにもなくて、ただ神様を愛するだけで愛してもらえるんだ。

なんか嬉しいな♪

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年4月 9日 (水)

詩篇77篇~150篇

なんか最近、更新ペースが落ちて行ってる・・・sweat01

でも聖書は毎日読んでたんだ♪詩篇読み終わりましたー!!

4月2日 77篇~78篇

4月3日 79篇~80篇

4月4日 81篇~89篇

4月5日 90篇~102篇

4月6日 103篇~105篇

4月7日 106篇~108篇

4月8日 109篇~136篇

4月9日 137篇~150篇

昨日、今日でたくさん読んだなぁー(●´▽`●)

詩篇はほかの箇所に比べたら長いのと、最近読むペースが落ちてたのとでかなり時間がかかった気がするなー。

速く読めばいいってもんじゃないけどねー。

明日からは箴言!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年4月 1日 (火)

詩篇73篇~76篇

「私の心が苦しみ、私の内なる思いが突き刺されたとき、私は、愚かで、わきまえもなく、あなたの前で獣のようでした。しかし私は絶えずあなたとともにいました。あなたは私の右の手をしっかりつかまえられました。あなたは私をさとして導き、後には栄光のうちに受け入れてくださいましょう。(詩篇73:21‐24)」

今日読んだ中で印象に残った箇所。

ここに書かれている“私”っていうのはアサフっていう人のことなんだ。

アサフさんは苦しくてどうしようもないときでも、神様ら離れなかった。

そしたら、神様もずっとアサフさんのことを導いてくれたんだ。

私たちも、苦しいときでも神様から離れなければ、神様が導いてくれる。

道がわからなくなった時は神様が手をひいてくれるんだね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2008年3月 | トップページ | 2008年5月 »