今日は昨日の続きも含めて7章から20章!
7章で、ダビデはナタンの助言に従い、神の家を建てようと思った。
だけどその夜、ナタンに主の言葉があったんだ。
神様はサムエルⅡ7:5~7で、神は今までイスラエル人をエジプトから導きつつ天幕にいたと言ってるの。7:9では、主はイスラエル人がどこに行っても共にいると言っている。
神様は家なんて必要ないし、神の家にとどまるということはせず、常に人々と共にいるんだね。
あと、神様は「わたしが、イスラエルの民のために一つの場所を定め、民を住みつかせ、民がその所に住むなら、もはや民は恐れおののくことはない(7:10)。」「主はあなたのために一つの家を造る(7:11)。」って言ってるんだ。
神様は人が作った家に住むのではなく、むしろ人のために家を造ると言っているんだ。
神は民のために場所を定め、その場所で民を守り繁栄させていくんだね。
11章で、ダビデはバテ・シェバという女を好きになるんだ。
だけど、バテ・シェバにはウリヤっていう夫がいたの。
にもかかわらず、ダビデは彼女を召し入れ、みごもらせてしまった。
またその後、ダビデは部下に手紙を書き、ウリヤを激戦区に送り出し、戦死するように仕向けたんだ。
もちろん、これは主の御心じゃないこと。
そこで、主はナタンを遣わし、ダビデに語りかけた。
「ある町にふたりの人がいました。ひとりは富んでいる人、ひとりは貧しい人でした。富んでいる人には、非常に多くの羊と牛の群れがいますが、貧しい人は、自分で買って来て育てた一頭の小さな雌の子羊のほかは、何も持っていませんでした。子羊は彼とその子どもたちといっしょに暮らし、彼と同じ食物を食べ、同じ杯から飲み、彼のふところでやすみ、まるで彼の娘のようでした。あるとき、富んでいる人のところにひとりの旅人が来ました。彼は自分のところに来た旅人のために自分の羊や牛の群れから取って調理するのを惜しみ、貧しい人の雌の子羊を取り上げて、自分のところに来た人のために調理しました(12:1-4)。」
この話を聞いて、ダビデは羊を奪った男に対して怒って「主は生きておられる。そんなことをした男は死刑だ。その男は、あわれみの心もなく、そんなことをしたのだから、その雌の子羊を四倍にして償わなければならない(12:5-6)。」って言ったんだ。
その言葉を聞いたナタンは「あなたがその男です(12:7)。」って言ったの。
この羊を奪った男っていうのはウリヤの妻を奪ったダビデ王と同じようなことをしてるんだよね。
神様はダビデを祝福しなんでも与えていたのに、ウリヤの妻を奪った。
そしてこれはダビデが男に対して言ったことを当てはめると、死刑に当たる罪なんだ。
ナタンはダビデが死ぬとまでは言わなかったけど、「神はダビデから妻を取り上げ、彼の友に与えるだろう」と言った。
そして「あなたは隠れて、それをしたが、わたしはイスラエル全部の前で、太陽の前で、このことを行おう(12:12)」と神様は言われたの。
仔猫はこの言葉がすごく印象に残ったの。
私たちは罪を犯すとき、後ろめたくてそれを隠そうとすることがある。
えも、神様はそれを全部知っている。
そして神様は隠さずに罪を罰せられるんだ。
罪に対する罰が常に人前で行われるわけじゃないんだろうけど、どんなに隠れたって神様の前では私たちの罪は明るみになるんだよね。
人間だから、罪を犯すこともあるけど、そういうときに隠そうとするんじゃなくて、自分から神様の前にそれを出して、悔い改めるのが大事なんだよね。
ダビデはこれを聞いて、自分の罪を認め、神様の前に悔い改めたんだ。
神様はダビデの命はとらなかったんだけど、「主の敵に侮りの心を起らせた」ということで彼の生まれてくる子供の命をとると言ったんだ。
ウリヤの妻バテ・シェバがダビデに産んだ子は、病気になり死んでしまったんだ。
ダビデは息子が死ぬまで必死に祈ったんだけど、子供が死んだあとはちゃんとそれを受け入れたの。
ダビデの部下は生きているときは息子の必死に祈っていたのに、なぜ子供が死んだらそれをやめたのかとダビデに言ったんだ。
ダビデは「子どもがまだ生きているときに私が断食をして泣いたのは、もしかすると、主が私をあわれみ、子どもが生きるかもしれない、と思ったからだ。しかし、今、子供は死んでしまった。私はなぜ、断食をしなければならないのか。あの子をもう一度、呼び戻せるであろうか。私はあの子のところに行くだろうが、あの子は私の所に戻っては来ない(12:22-23)。」と答えたの。
こういうダビデの言動には、神様への厚い信仰が表れてるよね。
希望がある時は神様に必死に求めるけど、事がなされた後はそれを受け入れる。神様のなさることは最善だって受け入れるんだよね。
この祈り求める姿勢と、どんなに苦しく悲しいことでも神のなさることを受け入れるってい聖は見習いたいなぁ。
ちなみに、「神はダビデから妻を取り上げ、彼の友に与えるだろう」ということも現実のものとなり、ダビデはそばめ達を息子のアブシャロムにとられてしまうんだ。
アブシャロムはイスラエル人の心をつかみ、ダビデになりかわって王となったんだ。
その時、ダビデはエルサレムから逃げたんだ。
そしてアブシャロムは、アヒトフェルという人の「父上が王宮の留守番に残したそばめたちのところにおはいりください。全イスラエルが、あなたは父上に憎まれるようなことをされたと聞くなら、あなたに、くみする者はみな、勇気を出すでしょう(16:21)。」という助言に従って、王宮の屋上に天幕を張り、全イスラエルの前で王宮に残されたダビデのめかけのところにはいったの。
ここでも、神の言った罰がなされてるんだね。
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