2008年8月23日 (土)

ミカ書1章~3章

今日はミカ書。ミカ書は堕落した人々に対する警告が書かれている。

今回の箇所で印象に残ったのは「預言者たちについて、主はこう仰せられる。彼らはわたしの民を惑わせ、歯でかむ物があれば、「平和があるように。」と叫ぶが、彼らの口に何も与えない者には、聖戦を宣言する。それゆえ、夜になっても、あなたがたには幻がなく、暗やみになっても、あなたがたには占いがない。太陽も預言者たちの上に沈み、昼も彼らの上で暗くなる。先見者たちは恥を見、占い師たちははずかしめを受ける。彼らはみな、口ひげをおおう。神の答えがないからだ。(3:5-7)」というところ。

自分にとって都合のいい場合はいい預言をして、自分に利益のないときは悪い預言をする預言者には神様の答えがない。

今の私たちも、神様自身ではなく人間的な利益とかを見てしまっては神様の御心を見失ってしまうかもしれない。

どうしても自分の都合のいいようにふるまいたくなることってあるけどそれじゃダメなんだよね。

気をつけなきゃだbearing

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2008年8月22日 (金)

圧倒的な勝利者

8月18日~22日の4泊5日、教会のユースキャンプに行ってきたの。

主催者側の教会が賑やかな所だったから、すごく賑やかで楽しかったnote

むしろ賑やか通り越して激しかった部分もあったけど・・・笑

プログラムで水かけをやったんだけど、ホントにみんな本気で水をかけるから全身びしょびしょsweat02

洋服のままプールに飛び込んだみたいになっちゃったwobbly

でも普段できないことだし楽しかったsign03

あと、なぜかバラエティ番組みたいん感じ(?)で生クリームのぶつけ合いが始まったり、スイカのぶつけ合いがあったりとかもあったw

あと、場所が長野の山の上だったんだけど、星がすっごく綺麗に見えて感動したshine

自然を通じて神様の偉大さを感じたよheart01

そしてキャンプのテーマは「圧倒的な勝利者」で、5日間そんな感じで学んだよ。

中でも印象に残ったのが「受けるよりも与える方が幸いである。(使徒20:35)」って箇所。

勝利者っていうと、いろんなものを勝ち取って、多くを得た人っていうイメージがあったんだけど、そうじゃなかったんだ。

ホントの勝利者は与える人なんだ。

イエスさまだって、与える人生を歩んでいたもんね。

人間的に考えても、与える人って人に好かれるし、幸せになれそうな感じがするよね。

あたしは神様や周りの人にいろんなものをもらっている。

だけど、それだけじゃなくて人に与えられる人間になりたいな。

与えるっていうのは人に親切にしたりとかっていうのももちろんそうだと思うけど、「神様を伝える」っていうことがその人に、そして神様に喜ばれることだと思う。

だから、仔猫はこれからもっと積極的に神様を伝えていきたいなーって思った(*´▽`*)

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ヨナ書1章~4章

[聖書] ブログ村キーワード

今日はヨナ書sun

20日 1章

21日 2章

22日 3~4章

ヨナ書の話は結構有名な話だよね。

ヨナが神さまにニネベに行って「この町は滅びる」と警告をしに行けと命じられる。

でも、ヨナは船で逃げようとするんだ。

そしてそのために船は嵐に襲われ、ヨナは海に投げだされる。

神様は魚に命じてヨナをのみこませるんだ。

ヨナは魚の腹の中で悔い改め、その後ニネベに行って神様の言葉を伝えたの。

その言葉を聞いた町の人々は悔い改め、滅ぼされずにすんだんだ。

そしたらヨナは神様が滅ぼすと言っていた町を滅ぼさなかったのを見て、不愉快になって神様に怒ったの。

そこで神様はヨナの不機嫌を直そうと、町の東に座って様子を見ていたヨナのために、とうごま(ひょうたん)を備えて日陰を作ったんだ。ヨナはそれをとても喜んだ。

だけどその翌日、神様は一匹の虫にとうごまをかませてそれを枯れさせた。

ヨナはそれに対してすごく怒ったの。

そして、神様はそのヨナに対しこう言った。

「あなたは、自分で骨折らず、育てもせず、一夜で生え、一夜で滅びたこのとうごまを惜しんでいる。まして、わたしは、この大きな町ニネベを惜しまないでいられようか。そこには、右も左もわきまえない十二万以上の人間と、数多くの家畜とがいるではないか。(4:10-11)」

神様は自分で作った人間を、家畜を、町を愛していたんだ。

だから、ニネベに滅びてほしくなかったんだ。

だからこそヨナをつかわして警告を与え、悔い改めのチャンスを与えたんだよね。

私たちもニネベのように、滅ぼされてもおかしくないようなことをたくさんしてる。

でも、神様は私たち人間を愛しているから、滅びてほしくないって思ってる。

神様は私たちに悔い改めてほしいと思ってるし、そのチャンスをくれるんだ。

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2008年8月19日 (火)

エゼキル17章~オバデア書

すいません、ずっと更新さぼってましたsweat02

一ヶ月以上も空いてるよ…

言い訳をすると、7月の中旬にテストがあって、夏休みはほぼ毎日バイトだったりと忙しかったのwobbly

まぁ、空いてる時間もあったんだけどさ。。。

でもちゃんと毎日聖書は読んでるよ。

試験のときとか正直「メンドイなぁー・・・」とか思っちゃったこともあったけど、頑張ったshine

感想とかノートにメモってあるんだけど、量が多いからとりあえず箇所だけ残しときますscissors

7月12日:        エゼキエル書45章~48章

7月13日~7月24日:ダニエル書1章~12章(1章ずつ)

7月25日~8月7日: ホセア書1章~14章(1章ずつ)

8月8日~8月10日: ヨエル書1章~3章(1章ずつ)

8月11日:        アモス書1章~2章

8月12日~18日:   アモス書3章~9章

8月19日:        オバデア書

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2008年7月30日 (水)

愛の伝道者

[カウンセリング] ブログ村キーワード

28日から30日までの3日間トータルカウンセリングスクールのセミナーに参加してきたの。

TCSはキリスト教を基盤としたカウンセリングをやってるとこなんだheart01

仔猫も将来、キリストの愛に基づいたカウンセリングをしたいと思ってるの。

実際のセミナーはそんなに宗教っぽかったりするわけじゃないけど、「あなたは愛されている価値のある存在なんだ」というを前提としてるからすっごくためになったshine

今回はセルフケアについてやったの。

カウンセラーは、人の悩みをたくさん聞くけど、自分の悩みを相談できる人がいないって場合が多い。

カウンセラーに限らずそういう人はいるし、いつでも誰かを頼れるわけじゃない。

だから、自分で自分を助けるためのセルフケアが必要なの。

フォーカシングとかインナーチャイルドワークとか認知療法とかラショナルビリーフとか、ホントにいろんなことについて学んだよhappy02

これって自分が悩んだときにも役に立つけど、人と接する時にも大切だなって思うことがいっぱいあったheart01

本当に、いろんな事を学んで充実した3日間でしたnote

やっぱり学校で習う心理学と違って実践的なことが多かったし、なにより愛があるのが素晴らしいshine

生きていく中で悩んで自分に自信がなくなったりってことがあるかもしれないけど、イエス様に愛されてるんだ!ってことを忘れずにいれば乗り越えられる。

今回の学びで、心に何かを抱えてる人には本当に愛が必要なんだなって思った。

宗教をやってない人だって、愛されてるって思うことは幸せなことだと思うし、必要なことだと思うんだ。

よし、がんばって勉強してheart01真実の愛heart01を伝えられるカウンセラーになるぞup

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2008年7月 7日 (月)

エゼキエル書12章~16章

今日もエゼキエル書bleah

今日読んだん中で16章が印象に残ったの。

16章はエルサレムを女の人に例えてるの。

神様がぼろぼろになって捨てられていた生まれたばかりの女の子を拾って大事に育てるの。

神様は成長した女を着物や飾り物で美しく飾った。

その甲斐あって女は非常に美しくなり、栄え、女王の位につくの。

そして彼女は美しさゆえに有名になる。

彼女は自分の美しさにより頼んで遊女のようにふるまい、多くの罪を犯したの。

これは、エルサレムが神様のおかげで繁栄したのに、神様を捨てて勝手にふるまったことを表してるんだね。

「その美しさのために、あなたの名は諸国の民の間に広まった。それは、わたしがあなたにまとわせたわたしの飾り物が完全であったからだ。(16:14)」

エルサレムは神に与えられた賜物や栄光を、自分のもののようにしてしまった。

そして神様を忘れてしまったから堕落してしまったんだ。

これは私たちにも当てはまること。私たちも神様の栄光を自分のもとし、神を忘れてしまったら堕落してしまうんだ。

神様への感謝を忘れずにいることが大事なんだよね。

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2008年7月 6日 (日)

エゼキエル書7章~10章

今回は…

4日 7章

5日 8章

6日 9章~11章

を読みましたsun

エゼキエル書11:19は今年のはじめに神様から与えられた箇所なんだheart01

「わたしは彼らに一つの心を与える。すなわち、わたしはあなたがたのうちに新しい霊を与える。わたしは彼らのからだから石の心を取り除き、彼らに肉の心を与える。」

信仰生活送っていくためには一致が必要。だけど、それは自分たちでするんじゃなくて神様が与えてくれるんだ。

人を受け入れられないとか自分の意思を貫き通したいっていう頑なな心を神様が取り除いてくれて、代わりに柔軟な柔らかい心を与えてくれる。

仔猫はこの言葉をもらって誰かと協力して神様の仕事をすることも大切なんだなって思ったの。

誰かと何かをする時って考え方の違いとかで上手くいかないこともあるかもしれない。

でも、神様が私たちを一致させてくれるんだ。

だから、人を恐れずに協力して神様に仕えていきたいなって思ったんだ。

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2008年7月 5日 (土)

千年王国論

[宗教] ブログ村キーワード

この前学校の「宗教史」の授業のレポートで、千年王国論について書いたの。

「千年王国」って黙示録でちょろって読んだくらいで深く考えたことなかったんだけど、結構色んな考え方があるのねpig

ちょっと面白いな~って思ったから少し紹介notes

千年王国のもとになるのはここの箇所。

「また私は、多くの座を見た。彼らはその上にすわった。そしてさばきを行う権威が彼らに与えられた。また私は、イエスのあかしと神のことばとのゆえに首をはねられた人たちのたましいと、獣やその像を拝まず、その額や手に獣の刻印を押されなかった人たちを見た。彼らは生きて、キリストとともに、千年の間王となった。その他の死者は、千年の終わるまでは、生きていなかった。これが第一の復活である。この第一の復活にあずかる者は幸いな者、聖なる者である。この人々に対しては、第二の死は、なんの力も持っていない。彼らは神とキリストとの祭司となり、キリストとともに、千年の間王となる。(黙示録20:4-6)」

で、千年王国に対するキリスト教の立場は3つあるんだ。

千年王国前再臨説:キリストが再臨する時、死んだキリスト教徒は復活し、生き残っているキリスト教徒たちと共に空中で主と出会う。そして地上をキリストと共に千年間支配する。これがいわゆる千年王国のこと。そしてこの千年の終わりの時にすべての死者が蘇り、最後の審判が行われる。このときキリストの救いに預かり永遠の命を与えられる者と、キリストを信じずに永遠の死に至る者とに分けられる。そして古い天と地は消え去り、永遠の命を与えられた者のための新しい天と地が創造される。

千年王国後再臨説千年王国の後にキリストの再臨がある。ここでは千年王国=この世での福音の勝利による霊的な祝福期間。

無千年王国説聖書における千年王国は、比喩的なものであり実在しない。キリストの初臨から再臨までの千年のことの象徴であり、教会の中に千年王国は完全に再現されている。

こんな感じ。

中世ヨーロッパのローマ・カトリック教会は③の立場を正式な教えとしていたんだって。

でも、聖書を文字どおりに解釈すると①になるんじゃないかなーって思うんだけど、実際その判断は難しいらしいの。黙示録20章にはキリストの再臨について言及してないからねsweat01

ちなみに黙示録以外にも「千年王国」を暗示するような箇所があるんだ。

「この王たちの時代に、天の神は一つの国を起こされます。その国は永遠に滅ぼされることがなく、その国は他の民に渡されず、かえってこれらの国々をことごとく打ち砕いて、絶滅してしまいます。しかし、この国は永遠に立ち続けます。(ダニエル2:44)」「国と、主権と、天下の国々の権威とは、いと高き方の聖徒である民に与えられる。その御国は永遠の国。すべての主権は彼らに仕え、服従する。(ダニエル7:27)」

旧約にもこういう個所があるから、ユダヤ教の中にも「千年王国」的な考え方があるみたい。

ちなみにノーマン・コーンの『千年王国の追及』って本に、歴史的なこととかも含めていろいろ書いてあるよ!(仔猫はこれを参考にレポートを書きましたw)

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2008年7月 3日 (木)

エゼキエル書1章~6章

6月29日~7月3日で1章ずつ読んだのshine

この中で、3章18~21節がすごく印象に残ったんだsign03

ちょっと長いんだけど…

「わたしが悪者に、『あなたは必ず死ぬ。』と言うとき、もしあなたが彼に警告を与えず、悪者に悪の道から離れて生きのびるように語って、警告しないなら、その悪者は自分の不義のために死ぬ。そして、わたしは彼の血の責任をあなたに問う。もしあなたが悪者に警告を与えても、彼がその悪を悔い改めず、その悪の道から立ち返らないなら、彼は自分の不義のために死ななければならない。しかしあなたは自分のいのちを救うことになる。もし、正しい人がその正しい行ないをやめて、不正を行なうなら、わたしは彼の前につまずきを置く。彼は死ななければならない。それはあなたが彼に警告を与えなかったので、彼は自分の罪のために死に、彼が行なった正しい行ないも覚えられないのである。わた しは、彼の血の責任をあなたに問う。しかし、もしあなたが正しい人に罪を犯さないように警告を与えて、彼が罪を犯さないようになれば、彼は警告を受けたのであるから、彼は生きながらえ、あなたも自分のいのちを救うことになる。」

ここを読んで、伝道って大切だな~って思ったsign01

救われる可能性がある人に、何も伝えないでいるっていうのはいけないことなんだなぁって。

今すぐにバンバン伝道するっていうのは難しいけど、身近な友達に「教会来ない?」って一声かけるだけで何かが変わるかもしれない。

やっぱ神様を伝えるって大事だよねhappy02

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2008年6月28日 (土)

哀歌1章~5章

24日~28日まで1章ずつ読んだのっhappy02

哀歌は「哀しみの歌」って書くだけあって、裁きとか辛いことについてたくさん書かれている。

でも、その中にも少し希望が感じられる箇所もあるんだshine

「主はいつくしみ深い。主を待ち望む者、主を求めるたましいに。主の救いを黙って待つのは良い。人が、若い時に、くびきを負うのは良い。それを負わされたなら、ひとり黙ってすわっているがよい。口をちりにつけよ。もしや希望があるかもしれない。 主は、いつまでも見放してはおられない。たとい悩みを受けても、主は、その豊かな恵みによって、あわれんでくださる。 主は人の子らを、ただ苦しめ悩まそうとは、思っておられない。(3:25-32)」

哀しみの中にも希望があるって素晴らしいよね。

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